熊本県 熊本市 不動産 コウナン・レクセル

不動産に於るニュースと解析並びに 熊本及び九州エリアの不動産動向をリポートします。

~経済の源泉を考える~

久しぶりに、里山から街に降りてきましたら、あちらこちらにイルミネーションがキラキラと輝いて綺麗ですね・・ファンタジーな感じで幻想的です。
街行く人も何か楽しそうな感じで・・・何かもうクリスマス一色って感じですね・・・
車の中からイルミネーションを見ながら走っているとタイミングよくラジオから、いい曲が流れはじめました・・・確か、jingle bell rockと云う曲だったと思います・・・
メロディーとテンポのいいリズムがいいですね・・・最近の音楽はあまりと云うか殆ど知らないのですが、う~んこの曲はいい、Goodですね。
ボーカルの男性の声もいいし、上手い。
singerの名前は何ていうんだろう? CDはでてるんだろうか?
しかしCDがあったとしても、我が家にはそのプレイヤーもないし車にもラジオだけで、CDデッキがついていないって事を・・・ハッと気づき・・・残念、、、もう二度と聞けないかもしれない・・・何て思いながら車を走らせ・・ページェントを後にしました・・・・。

さて本日のタイトル~経済の源泉を考える~
ちょっと肩肘が張りますが、たま~にはいいでしょう。

今、内外の経済は、アメリカをはじめとする先進国、G8による金融経済のオーバーシュートにより世界の実態経済を蝕んでおり、非常に危険な状態にはいりつつあるのは皆さんご承知のとおりです。

グローバル企業の倒産、失業、は許より国家の存亡まで危ぶまれている国もでている有様です。
アイスランドなんて国家そのものがネット上でオークションにかけられる・・・何て事もありました。
もちろんジョークですが、あながちそうとも云えない、ふしもあります。

ところで「経済」と云うのは何なんでしょうね。
検めて辞書で確認しますと、こう書いてあります、

◎国をおさめ民を救うこと。
  社会生活を営むための手段としての交換、取引、売買、消費、生産などの活動。
  と書いてあります。

「国をおさめ民を救うこと」・・・とはどう云う事でしょうか、
この言葉の意味はつまり、逆説的に云えば、こういう意味ではないでしょうか「民を救うことができなければ、国家としての成立要件を満たさない」と云う事ではないでしょうか。
この事を再認識しなくてはならないと思います。
特に行政に係る人は、更に高い志をもって国家概念を持たなくてはならないと思います。

多少、大袈裟かも知れませんが経済の崩壊は、国家の崩壊を意味する事になるとも考えられます。
第二次世界大戦の発端は日本、ドイツのいずれも経済の貧窮、封鎖によるものが発端で最後の手段
である武力による「戦争」と云う、ネガティブな愚行に陥ることになりました。

今、世界中でその兆候がみられる出来事が最近、頻発しているのはご存じの通りです。
北朝鮮初めぺネゼイラ、パキスタン、タイ、インドネシア、アフリカ諸国
そしてギリシャ、インド、将来的には中国、ロシア等も不安定な様相を呈しているような気がしますし
イラク、アフガンは国家としては名ばかりで、国家ではないというのは周知の通りです。
又、G8の各国も国家としての試練が続きそうな様相です。

そして「民を救う国家」の概念・・・と云うものも、グローバルな現代では問われる事になりそうな気がします。・・・・彷徨える民
そう云う意味ではアメリカ合衆国と云う国家は凄いと思いますね・・・・
アメリカ合衆国と云う国家は歴史的に「さまよえる民」の集団です。
それがアメリカです。

世界は今後、一層グローバル化が進んでいくわけですが、そう云った意味でアメリカは、いいお手本であり、アメリカの一挙手一動、そしてアメリカの国家運営はものすごく参考になるのではないでしょうか
今後の世界と云うものは、今まで以上にこのアメリカ合衆国にコンデンスされているといっても過言ではないような気がします。
来年早々に新たな大統領バラク・オバマ政権が誕生し、そしてアメリカは新たなドアを開けようとしています。
どのようなプラン、意志をもち、そのドアを開けるのでしょうか
そしてそのドアはアメリカ合衆国だけのものではないような気がします。
それは、世界のドアでもあるような気がします。

だいぶん話がよそ道にそれてしまいした・・・タイトルの本題に戻りますと・・・・

よく世間ではGDP、GNPがどうだこうだとよく云われますが・・・
その国の経済の指標、数値化したものですよね。
では何故、数値化し前年比どれだけで来年はどれくらいの数値になると予想される・・・なんて国家が
発表するのでしょうか・・・・ある種の通知表みたいなものですね。

「通知表」ですから今のレベル、ランク付けみたいなのものです。
今、あなたはこのレベルですからもっと頑張らないとダメですよ・・・・
今のトップレベルを維持するために更に努力をしなさいよ・・・
・・・となる訳です。

が、この経済の「通知表」はこの先も且つ永遠に必要なんでしょうか?
そして、この「通知表」だけの数値で「民は救われる」のでしょうか?
はなはだ疑問に思われます。

18世紀、イギリスで興った産業革命以降、経済は成長するものだと、いや成長させていかなければなければ人々は幸せにならないと考え、ひたすら成長を信じ今日に至っている訳ですが・・・・
確かに、それなりに豊かさを手にいれ、それなりに享受はしたが・・・・・
その豊かさ、便利さの中身は医療の分野を除くと殆どが物質的なもので、云うなれば無機質な豊かさ
で、人間の持つ本来の感性の豊かさには残念ながら結びついていない、つながっていない・・・・
むしろ、その感性を損なってきたと考えられます。
昨今、世界中で頻発している争い、事件、事故はその象徴のように思われます。

もし感性も豊かになったと思うのであれば、それは見せかけのものか、或いわ「感性」が備わっていない不幸な人であると考えられます。
人間本来、誰しも素晴らしい「感性」をそれぞれに持ち、生命として生存している訳です。
人間、オギャー生まれたときから次第に身体も成長し、トレーニング次第ではそれなりの身体能力を身につける事はできます。
「感性」も自身、自ら豊かに育むことができ、そしてそれは壮大で無限の可能性があるといわれています。
そして人間だけが持つこの「感性」は人間の原動力であり、人間社会の礎でもあると云われています。

もうそろそろ「経済成長」という呪縛から解き放たれてもいいのではないか?
「経済成長」から「安定経済」と云う概念に進化するときではないのか?
そして、いままで毀損してきた「感性」を癒し、輝かせる明日へのスタートにすべきではないのか?

「経済」というものを、あらためて考えたとき「経済の源泉」と云うタイトルと「感性」と云うプロセス
にいたりました。

~Merry Christmas&a Happy Newyear~
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