熊本県 熊本市 不動産 コウナン・レクセル

不動産に於るニュースと解析並びに 熊本及び九州エリアの不動産動向をリポートします。

SOCIETY

昨日はバージニアでの銃乱射、長崎での市長射殺と衝撃的な事件が起こり、世の中を震撼させました。被害者の無念、ご遺族の深い悲しみと、やり場のない怒りは、とても言葉では、言い表せるものではないと思います。
深く、ご冥福をお祈り申し上げます。

事件が起きたばかりで、不謹慎かもしれませんが、この様な事件は、遅かれ早かれ起こるべきして、起こった様な気がします。
又、残念ながら、この様な事件は繰り返されるような気がします。
突然、一方的に、犯人から銃を無差別に乱射され命を奪われ、一方の犯人は、市長と云う個人を背後より銃撃し射殺に至らしめた分けですが、この事件、この両犯人には共通点があるような感じがします。
社会、或いわ学内からの、身勝手な「疎外感」による「社会」に対する身勝手且、愚かな「treason」。

たまたま犯人が在籍していた大學がバージニア工科大学、たまたま犯人が生活していた街が長崎であった事が、バージニア工科大学の学生と教授、長崎市長
に、その身勝手な蛮行が、向けられ、命を奪ってしまった様な気がしてなりません。

何故、この様な蛮行を起す人間が、社会に生まれるのでしょうか?
又、何故、世界中に奇怪な犯罪が最近、多発するのでしょうか?
何故、人種間の差別はなくならないのでしょうか?

私が思うには、人間社会は、人間が創り、組成、或いわ組織していくものです。
が、人間が創る「社会」は人間が理想とする、完全な社会の創造はできない、と云う事だと思います。
つまり、不完全なsociety、社会であるから、絶えず、大なり小なりの「諍い」事が生じ、犯罪、或いわ戦争まで、引き起こしてしまう事になると思います。
逆に云えば、だから「社会」だと云う事もいえます。

世界中、とごを見渡しても、人間が考える、完全な社会はないと思います。「諍い事」は付き物です。
犯罪、紛争、戦争、絶える事はあり得ないと思いますし、事実、世界中、常に犯罪、紛争、戦争は絶える事はありません。
過去の世界中の歴史をみても、その事を証明しています。
その時代、時代により犯罪、紛争、戦争の形が変わってきているだけです。

であるから、紛争、犯罪、戦争はいつの丗もあると云う事を前提に「社会」を捉えなければならない様な気がしますし
その事を直視して対応していかなければならない様な気がします。
理想と現実は違いますし人間社会、理屈では説明できない事も多々あるのも現実です。

平和で諍いのない「社会」が組成できれば、それに、こした事はないのですが、前述しました様に、残念乍ら栄久に不可能だと思います。
※私が思う根拠を書きますと、ちょっと長くなりますので記述しません。

が、紛争、犯罪の数は減らす事は可能だと思います。
戦争も、そのサイクルと戦争の規模と拡大は最小限に留める事は可能ではないでしょうか?
※幸い日本は現在、直接的な戦争とは無縁な国ではありますが、将来的にも戦争とは無縁とは言い切れません。
いつ戦争に巻き込まれるか分からないのが現実だと思います。
だから「防衛の意識」は必要だと思います。

その方法は極論すれば、可能な限りの「教育及び道徳教育の更なる、質の向上と、その機会均等」、「安定的な経済と国家的ビジョン」と「最新の防衛の為の軍備」だと思います。
特に、「道徳教育の質」の低下と「国家的ビジョン」の希薄さは大変、気になる所です。
そしてメディア、特に民放テレビ局の商業ベース優先の低劣なCMと低劣な番組は社会的悪影響の責任は否めないと思います。


教育の質の貧困は犯罪を多発させます。
経済の崩壊(他国を含む)は戦争を誘発します。
防衛力は侵略を防ぎ、国家と国民の「安全」が保たれます。又、グローバル経済のバックボーンにもなります。


そして俗に云う、「経済的格差」「生活格差」は資本主義のもとの市場経済主義である以上、これ又残念ながら、なくなる事はあり得ない筈です。
むしろ、その「格差」はさらに大きくなるものと思います。
何故なら、市場経済主義は競争の世界です。
競争は、単的に云えば、勝者と敗者の、いずれしかありません。

が、どんなに格差があっても、「教育と道徳教育」の機会は均等に受けられる社会的システムを構築しなければ、先程の犯罪は減少しない様な気がします。
これが、本来のセーフティーネットではないでしょうか。
                         
~ by 「一人善がり」~

~for once in my life.kymsc.my way~


















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ナイスピッチング!!

やあ~やりましたね、大輔! 10奪三振 ナイスピッチングですね。
だけど、彼の本心は、ほんの挨拶(名刺)代わりのゲームと云うふうにしか思ってない筈です。
取り敢えずの20分の1勝だとしか考えてない筈です。

私の知る限りでは、日本の球界史上、投手として、明らかにNO、1です。それも、ずば抜けてのNO、1です。
多分、今後も、こう云う投手は当分、出てこない様な気がします。

彼のピッチングをみていると、回を重ねるごとに集中力が増してくるのが画面を通して分ります。
アベレージのピッチャ-ですと、大体、3~4回ぐらいに少し、余計な事を考えて、集中力が落ちるのですが、大輔の場合は、それが全くなく、尻上に、凄さが増してきます。
大物ですね。

そういう分けで、今年も、いよいよシーズンに入って、面白くなってきました。スポーツのシーズンになると、何かウキウキしますね。
特に、今年のMLBは眼が離せなくなりますね~。何人も、日本人プレイヤーがいますから。
次回の大輔とマリナ-ズのゲームなんて、何か、今からワクワクしますね。
楽しみです。
今年は何とかして本場、アメリカにMLBを見に行きたいですね。(仕事、頑張ろう!)

付け足し:

あさっては、統一地方選ですね。熊本では県議巽等の選挙があります。
しかし、どうなんでしょう県会議員なんて今後、必要性があるのでしょうか?
道州制に於ける、行政区を考えた場合、「県」と云う概念は非常に希薄なものになりはしないでしょうか?
今後、益々活発化する、所謂、人、物、金の広範囲な動き、それもスピードの早い「動き」を考えた場合、行政サービスは、必然的にマクロとミクロのサービスになる筈ですし、又、そうならないと行政としての役目と云うか存在、そのものが意味をなさない事になります。

今後の行政区のマクロ的、在り方を示しているのが、プロ野球です。
各、球団の数、本拠地の所在地等から考えると、大変、効率的でバランスされて無理がないですね。
将来の道州制区の在り方を暗示している様な気がします。

ミクロ的な例としては、サッカーだと思います。
プロ野球と違い、JFLの各チームが今後、存続していく為にはスポンサー企業による運営ではなく、地域に密着、根ざしたチームしか存続しないと思います。
熊本で云えば、熊本市域(現在の熊本市と周辺地域)に根ざしていく、市民レベルでの運営で存続の可能性があります。
一部の企業のスポンサーでは無理でしょう。
選手のユニフォームに付けられた、とってつけたようなスポンサー企業のレッテル、見良いものではありません。今後の事を考えると、チームも企業もマイナスです。

このように、JFLと同じ様に、ミクロ的行政サービスは、地域密着の細やかなサービスが必要とされてくる事になる筈です。

そうしますと、自ずと地方政治、地方行政の在り方が必然的に変わっていくものと思います。
その大きな要因は、人口減少です。それにより、社会構造、社会の在り方が変わります。
人口減少は決してマイナスではなく、総合的には、むしろプラスに作用するのではないでしょうか。
豊かさを享受できる社会の到来だと考えられます。


付け足し、その2:


私は、あと3日は完全に寝不足になるのは間違いないですね。
MLBにマスターズまであるのですから、タイガーのマスターズ、タイガーの
オーガスタナショナル、見ないわけにはいきません。

とばっちりをうけるのは、ワン公です、ゴン吉とキャバリンそしてミュッキー
朝の散歩は手抜き!ゴメンネ!

チョット早いですが、眠たいのでコレにて失礼します。





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